東京高等裁判所 昭和57年(ネ)3028号 判決
一般に、預金契約は金融機関の窓口を通して大量に行われる定型的な取引であり、預金の出捐者、預入行為者及び名義人を別異にして行われることも少くないことから、金融機関の方でも預金契約の相手方、すなわち、預金者が何人であるかについてさして重大な関心を示さず、金融機関は民法四七八条の規定に基づき預金証書と届出印章の所持人を預金者として取り扱うことによってその責を免れているのが実情であることは公知の事実である。そうだとすれば、預金証書と届出印章を所持しているかどうかは、何人を預金者として取り扱うかを決定するうえで金融機関にとっては極めて重大な関心事であるべきはずのところ、本件定期預金債権の担保差入れが、その預金証書と届出印章を所持しない金子によってなされたことは右認定のとおりである。もっとも、右認定のとおり、その際、金子は、その直前になされた再発行後の預金証書と改印後の印章を所持していたわけであるが、一般に本件のように高額の定期預金についてその預入れ後一か月も経ないうちに預金証書と届出印章の双方を紛失するなどという事態の発生は容易に考え難いところであり、控訴人としては、金子からの預金証書等の紛失の申出に対し当然に疑問を抱いてしかるべきであるのに、預金証書の再発行等をするについて、控訴人が金子に対し紛失の経緯に関し詳細な事情聴取をするなど、十分な事実調査をした形跡はみられないまま、届出の僅か数日後に預金証書の再発行がなされ、これを直ちに担保に差し入れている。そればかりか、右認定のとおり、控訴人において金子に対する貸付金債権と差引計算をする以前に、本件定期預金については被控訴人がその預金者である旨名乗り出て本件定期預金証書や印章を示し、その払戻請求をしているため控訴人において被控訴人がその預金証書と届出印章を所持していることを認識し、しかもその後間もなく控訴人が被控訴人に対し本件各定期預金に対する期間中の利息各一九万六、二五〇円を支払ったことを考えると、本件定期預金の預入れに際し、金子が前認定のような態様の関与をしたこと、その名義人として金子の二人の子の氏名が用いられたこと、また《証拠》によって認められるところからすると、金子は控訴人の組合員であり、控訴人としては組合員である金子に対しその言辞に疑問を投げかけるような態度はとりにくかったことなどの事情を斟酌しても、なお控訴人が金子を本件定期預金の預金者として取り扱ったことに過失があるというほかはなく、控訴人が、金子に対する貸付金債権と本件定期預金債権とを差引計算して処理したことについては民法四七八条の規定を類推適用する余地はないものといわなければならない。
(岡垣 大塚 川崎)